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ビバGW!!

いやー、連休ですね~

嬉しいねー

正月よりずっと嬉しいねー

あったかいしねー



こんなにGWが楽しみだったのは、恐らく初めてですねー



今までは、

GWはほとんど仕事してましたし、

空いてる日は家族サービスで

ヘトヘトになる

「がんばらなあかんウイーク」

でしたし。


ま、気候が良いので年末に出来なかった大掃除とかもやりたいんですけど、

とりあえず、朝ゆっくりねられる幸せ(T_T)

娘も結局バスケ部に入らなかったし、

息子は相変わらず家でヒマしてるし、

ダンナさんはGWも関係なく仕事なんですが今日はお休みだったんで、

家族でBBQしました。

昼間から思いっきり肉食って飲んで、

その後思いっきり昼寝しました。

晩ご飯は作りませんでした^^;


あと一回くらいは息子をどこかに連れていってやらないとと思っていますが、

今年の連休のメインは「大掃除」です!


家も心も身体もデトックスしてすっきりしたいなーとおもってます。
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no title

もう一度寝ようかこのまま起きていようか、迷っている。


最近、午前3時頃から一時間おきに目が覚める。

だけど、起きて動き出さなければならないリミットの7時には眠くてお布団から出るのが苦痛でしかたない。

午前中はあくびが出まくるので仕事中はマスクで隠している。


しばらくは寝ても寝ても眠かったが、

その状況を通り越すと不眠になる。


過食とアルコールへの渇望を通り越すと、今度は食欲がなくなりお酒も飲みたくなくなる。(これはありがたい傾向です^^;)


不安や気分の落ち込み、たまらない寂しさを通り越すと、

普段の日常生活を行っている(特に仕事中の)自分と意識がバラバラになって幽体離脱しているような感覚(いわゆる離人感てやつですね)が現れる。

喜怒哀楽を感じにくくなる。

苦しい状態から無意識に脳が逃げようとしているんでしょうね


まとめると、

5年前、病気が表面化した頃と同じパターンで状態が進行している。


やだなぁ


もうあんな風にはなりたくないよ。


そう思って焦っていると、

余計に苦しくなる。




だから、



そうだ、ワタシは鬱病だ。


そうですワタシがヘンなオジさんです、もとい、ヘンなオバさんです。


それでも毎日仕事してご飯作って洗濯してエラいでしょう。どうだこのヤロー

と考えよう

昨日の仕事の帰り道、そういう結論に達しました。




辛くて誰かに訴えたくて、

つい親しい人にグチグチ泣き言言ってしまって、

めんどくさがられてスルーされて、

一瞬、悲しくて腹が立ったけど、

そりゃめんどくさいよ、毎度毎度鬱陶しい話を聞かされるのは。

と反省しました。



でも自分一人の中に溜め込むことの危険性もよく知っているので、

ブログとか、他のどこかに吐き出そうと思います。




やっぱりあと2時間は横になっとこ。

今夜もアカーン!

いやね、

お薬が切れたんですよ



それでね、

今日、仕事の帰りに病院行こうと思ったら、

休診だったんですよ



で、昨日から抗鬱剤ナシで、安定剤だけはいっぱいあるんでとりあえず飲んでるんですけど、

ダメだー(; ̄ェ ̄)

さっきの睡魔はどこいったんだ~

元気な時ほど、夜眠れないのね~

もう似非ビールもだいぶ飲んでるんですけど、

ダメです~




そうそう、

娘。

今日、

学校から帰ってくるなり深刻な顔して、

「放課後、

バスケ部の先生に呼び出されて、

『頼むから入部してくれへんか』

って言われた~( ;´Д`)」

って言うんですね。



うちの娘、

中学校でバスケをやってたんだけど、

父親譲りで背が高くて、

県の選抜選手に選ばれたりしてたんです。


でも本人はそれほど「バスケ命!」ってわけでもなく、

12歳までは(ワタシの趣味で)バレエやダンスを習わせてたこともあり、

高校に行ったらそっち方面に行きたいとか、外国語大学に行きたいとか言ってたんですけど、

去年の冬、

とある全国レベルのバスケ強豪校から、学費免除、進学も約束!みたいな熱烈オファーが来まして、

その高校の先生の教育方針と熱意に、ワタシもダンナさんもすっかりほだされまして、

ぜひ行くべきだ!

と必死に説得したんですが、

それにもかかわらず、

あっさり断ってしまった

という経緯があるのです。


中2くらいから、

高校バスケ部からの推薦は必ずあるだろうと言われ、

本人もずーっと迷い悩んでいたのを知っているし、


親や先生の言いなりにならない頑固な娘に、

呆れながらもちょっと「カッコええやん、コイツ(^-^)」

と思ったりする、親バカだったんですが^^;



そうこうしながら、

一応、受験勉強もしまして、

この春から晴れて「偏差値中の上の進学校」のJKとなり、

やれダンスじゃモデルのオーディションじゃと

浮かれ惚けていた娘。


しか~し!

娘の入学した高校、

実はバスケでも「そこそこ以上」の学校で、

顧問の先生方も実は娘のことを中学時代から知っていて下さったらしく、

要するに、入学する前から狙われてたらしいんですわ^^;



娘曰く、

バスケは嫌いじゃない。

ただ、

中学時代みたいに全ての時間とエネルギーを部活に費やすのはもう嫌だ

バスケやるつもりならあの強豪校の推薦入学を受けてたよ!


んー、なるほど。

それもよくよくわかります。

ワタシは、中学校では水泳部のキャプテンでした。

娘のように肉体的に恵まれていなかったのでたいした成績は残せなかったけど、

本当に厳しい練習に耐えました。



そして高校に進学したとき一番最初に感じたのは、

「あー、もうあんな辛い部活やらなくていいんだ~」

っていう解放感だったから。

うん、うん、よくわかる。


でもね、

高校3年間、厳しい部活の代わりに何をした?

って考えたら、

なーんにもしてない(-。-;


2年のとき、日テレの「高校生クイズ選手権」で県代表に選ばれて東京行ったことくらいだよ(^◇^;)

タダで東京旅行してTDL行って、楽しかった~~)^o^(

ちなみに3年の時も県代表の次点だったの(^◇^;)



ほらね?

やっぱり、話が逸れて迷子になっちゃった( ;´Д`)


そうそう、

まあ、楽しいことはいっぱいあったけど、

進学校に入ったくせにほとんど勉強もせず、

部活はフェンシング部に入ったけど、練習がキツくてそれこそ「高校生になってまでこんな生活イヤ!」で半年で辞めて、

その後は演劇部。

あ、でもそこから今もずっと芝居に関わって生きてるなぁ。

だけど全然一生懸命にやってなかったし、

何して過ごしてたんだか、本当によくわからない(´・_・`)


そんなボウフラみたいな過ごし方でも3年間、

部活に汗と涙を流しても3年間。


それだったら、バスケするほうが絶対良いよなー

就職にも有利でしょ!


と、打算と後悔だらけのオトナはそう思いつつ、


もう、あとは自分で決めなさい


って言いました。


どちらにしても、

自分で悩んで自分で結論を出せる人間

になってほしいですから。




幼い頃、

外食に出向いた店で自分の食べたいものを考えているうちに母に勝手に注文されて以来、

食べるものも着るものも趣味嗜好まで母にきめられ、

進学先も母親の理想通りに進むことが全てだと思い込んできた、

そしてそのまま、自分の欲しいものがわからず40歳になっているワタシとしては、

親や教師が何と言おうと

自分の欲しいものは欲しい!

と言える娘が、眩しいです^^;


もし、選んだ道が間違っていたら、

引き返したらいい

違う道を探せばいい


とにかく、

後悔はしてほしくない


効果は自分をがんじがらめにしてしまうから。



そんなことを、

ムスメの宿題である「新聞コラムの要約」を作成しながら懇々と話したわけですな(^◇^)

とある月曜日の日記

うーん


今日も書きたいことは山ほどある。


しかし悲しいかな文才が無く、

書き始めると余分なエピソードに時間を取られて肝心なことに至るまでに迷子になってしまう( ;´Д`)

そして、メールボックスの「下書き」フォルダにどんどん溜まっていく( ;´Д`)



母が、腸のポリープ摘出手術のため、入院した。


生まれてこのかたほぼずーっと側にいながら、

というか側に居すぎるせいか、ぶつかり合い続ける母とワタシ。


最近はますます関係が悪化していて、

心配なくせにろくに入院の手伝いも出来ず、

今朝もワタシはいつも通り出勤し、病院に付き添うこともできなかった。

(ここしばらくは娘の入学関係で休みも多くて休み辛かったので)


どうしているのか、手術を前にまたビビってるんじゃないかと案じつつ、

店を始めてから3年近く、ほとんど休まず動き廻っていた人なので、

ちょっと休憩できて良かったんじゃないかとも思う。


ワタシも久々に母と離れて、

その関係を、そして今後のことを考える時間をもらえたのかもしれない



もうひとつは、

娘が、




うーん、


眠たい




続く…

Springhascome.

少し元気が戻ってきました。


仕事の帰り道に死にたくならなくなりました。



嬉しいです


とっても。



こうゆうときは、



ありがとう



って、言いたいです。



みんなに。

いろんなことを文字にしたいのに、


声に出したいのに、



言葉が出てこない。




言葉をいじり、ひねり出すことだけが、


自分が世の中で少しは認めてもらえる、


お金をいただける、唯一の技だったのに。



不得手が得手を凌駕してしまってる状態だ。



なんとかしなくちゃ



なんとかしなくちゃ

春の嵐

こんなタイトルの昼ドラがあったような気がして調べたら、

1971年、主演 近藤正臣

だそうです。

いかに早熟だったワタシとはいえ、生後数ヶ月の頃のドラマの記憶は残念ながら脳裏の片隅にも残っておりませんでしたm(_ _)m

ワタシのイメージでは、高木美保&渡辺裕之&長塚京三のへんかと思ってたんですけど、

どうやらそれは「華の嵐」「愛の嵐」だったようです


それはともかく。



それがワタシの住む地域を襲ったのは今日の午後2時半過ぎ。

職場である築年数20年以上の小さいビルは、小さな地震にも過敏に反応します。

窓の外は、隣の建物との隙間が狭いせいで、通る風は掃除機状態、ものすごい音をたてます。

雨音は次第に石つぶてを打ち付けるような音に変わり、

降っているものが雹であることがわかりました。



轟々と音を立てる窓の外を見たくて気もそぞろでありながら、

黙々と仕事を続ける弁護士と事務員(笑)


風と雹の音のクレッシェンドがMAXに近づいたところでやっと、

先生が、「すごい嵐ですねー」と席を立ってくれたので、

ワタシも待ってましたとばかりに窓に駆け寄りブラインドを開けました。

大きな通りに面した

おかげさまで

今夜はわりと元気だったので、

苦手なPTA役員の引き継ぎ打ち合わせをして、

子どもに晩ご飯を食べさせて、

洗濯して、

明日の晩ご飯の煮物を作って、

白髪染めをして(ワタシは強度の白髪症で15歳からずっと白髪染めをしてるんです(>_<))、

めちゃくちゃ久しぶりに丁寧にお肌の手入れをしてたら、

12時過ぎていた。



平日にこんな時間まで起きているのは久しぶり。


昨夜も夜中に何度か目が覚めて朝が辛かったのに、

そういうときに限って、夜も眠くならない。

眠い時はいくら寝ても頭が半分スリープしてるのに。

やっぱり、ヘンな脳。


でもなんだかんだいって、

今の仕事のおかげで、早寝早起き、一日三食が身体に定着してきた。

以前は朝4時起きの次の日は昼過ぎまで二度寝とか、睡眠1時間とか12時間とか、めちゃくちゃだった。



仕事中は、

頭の回転があきらかに鈍っていたり集中力が落ちてたりしてボスに叱られて凹むことも多いけど、

だからなおさら必死で仕事に取り組めるし、

余計なことを思い悩む暇がないのがかえってありがたい。

出勤は憂鬱だけど、

職場に着いてしまえば、苦痛は感じ無い。

物覚えは悪くても、

二度、三度とやるうちに出来るようになる

そういう業務が増えるたび、

とても嬉しい。


だから、

ワタシの毎日は、

おしなべて、うまくいっている。




なのにどうして調子は悪くなっていくんだろ?



んー



謎。
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Author:D-nuts
不惑の年にして戸惑いまくりの女の日記です。

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