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爆弾

昨日の夕方、ひどいパニック発作が出た。


しばらくわりと元気だったのに。


ただ昨日は生理がはじまって体がだるく猛烈に眠かった。調子が悪いのを感じてた。でも夕食を作らなきゃとキッチンに立ってた。いっちょまえに友人の人間関係のお悩み相談にメールで答えたりしてた。


それからしばらくの記憶はなくて、気づくとキッチンに倒れて呻いてた。


娘が、母とダンナさんに電話をかけて、車で病院に運ばれた。


目をほとんど開けてなかったみたいで、周りのひとの声や音しか覚えていない。


過呼吸を鎮めるために紙袋を吸わされて、肩に筋肉注射されて、点滴を受けた。


その間ずっと、母がワタシの手を握って「大丈夫よ」と声をかけてくれていた。それで眠ってしまったみたいで、次に目が覚めたのは自宅のベッドの上だった。


 


今朝は久しぶりに、「死にたい」と思った。


 


この家に居ることが申し訳ない。いくら悔いてもやりなおそうとしても克服できない自分の弱さの犠牲になる家族に、申し訳なくて合わせる顔がない。


少し元気になると、いろんなことが目に付く。放置してた山積みの問題を思い出す。あれもやらなきゃ、これはどうなってたっけ、急に夢から覚めて現実に戻ってくると、不安と焦りが押し寄せる。それらを処理できない不器用な自分とまた対峙することになる。


ここを乗り越えなければたぶん、ワタシは一生治らない。


焦ってはいけない。でもコドモにもどって無邪気に遊んでいても、現実はひとつも解決しない。


 まず、どこから?なにから?右足から?左から?


だれか教えてほしい。

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涙が出ました。

久しぶりに、涙が出ました。


大阪国際女子マラソンでの福士加代子選手の姿に。


 


実はワタクシ、3週間ほど前からジョギングを始めておりまして、これがなんだかとても気持ちよくて、週に4〜5回は朝5キロほど走っておりまする。


そのせいもあってマラソン中継にも興味が湧いてきて、特に今回は中距離の女王、福士選手が初マラソンで北京五輪への切符をさらうのではという期待もあり、注目しておりましたでござる。


彼女を応援したくなるのは彼女の持つオーラのせいかもしれませんね。


下馬評に基づき30キロ以降を心配してはいたものの、それまでの軽快な走りを見ていると、このままぶっちぎってくれると誰もが思ったのではないでしょうか。


それが・・・


あの失速。


「心はハワイ」といつもとおりの明るくアグレッシブな発言は、恐怖に克つための呪文だったのかもしれない。


最後の数キロは見るに堪えなかった。


あれはまさに「命ギリギリ」の姿。


フクシちゃんが転倒したとき、「もうやめて。」と思った。


あなた死んじゃう。


でももうあと1キロと少し。


ここでリタイヤするなんてできないでしょう。


沿道のひとびとが思わず走って応援したくなった気持ち、ワタシにもよくわかった。


そして競技場で娘の帰りを待つお母さんの想い。


娘はまるでドラマの演出のように、細い脚をふらつかせては転ぶ。


母親なら、いますぐやめて!と抱きしめに行きたかったにちがいない。


それでも観客席で見守るしかない。


彼女は熱に浮かされたような表情を浮かべて、何度も転びながら、とり憑かれたようにゴールを目指す。


限界の苦痛に苦しみながら、それでも周りの空気を気遣う笑顔を浮かべて。


見ていて、知らないうちに涙があふれ出た。


福士ちゃんがトラックに入ってきた瞬間に電話が鳴って、業務連絡してくださったPTAの役員さま・・・お恨み申し上げまする


 


 


 

At HOME

昨晩、弟の「凱旋(?笑)ライブ」に行ってきました。


実家から歩いて10分ほどのライブハウスは、弟達のバンドが生まれ、彼らを育てて下さった、ホントの「ホームグランド」です。


母と、母の会社のマブダチ(23歳・カワイイ女の子)と3人で会場に入ると、いっぱいのお客さんの半分以上が弟の地元の仲間で、皆「おー、おねえちゃん、おかーさん!」と声をかけてくれました。


今回は関西を中心に何箇所かでライブを行うツアーだったらしいんだけど、うちのもうひとりの弟(長男・大阪在住)は前日の大阪と連チャンで昨夜の地元にも来てて、その弟の友達も来てくれてて、


なんだかこないだの披露宴の続きみたいな同窓会みたいな会場でした。


そういえば、弟達が地元に居た頃、うちの狭い実家は週末になるといっつもこんな感じで若いコたちであふれかえってました。「東京タワー」のマー君の家みたいに。うちのオカンも週末はいっつも酔っ払ってはしゃいでました。


そんなアットホームな雰囲気と、久しぶりのライブハウスの爆音と匂いにワタシもテンションアップ。


東京から一緒に来てくれた他バンドのステージも終わり、オーディエンスのアルコール濃度も程好く高まり、いよいよ弟達の時間がスタート。


足の悪い母のためにワタシは舞台にかぶりつきの位置に椅子を置いてあげました。出てきた弟は「オカン、近すぎ!」とめちゃくちゃ演りにくそうでした。


ここから、お恥ずかしい超・身内贔屓、姉バカになってしまいますがお許しください。


正直、めっちゃよかったです。カッコよかった。改めて、うまいバンドだなーと感心しました。ツアーに付き合ってくれた他バンドさんに申し訳ないけど、楽器もボーカルも、ついでにメンバーのヴィジュアルも(笑)、全然質が違う気がしました。


(そう、実はわりと行け面揃いなんですよーこのバンド。新しく入ったギター君はバンドマンというよりはアスリートみたいな骨太体育会系で、ワタシはすっかりファンになっちゃいました


ひとつひとつの楽器の音をじっくり聞いてると、ベースもギターもパーカッションも、勢いと迫力に満ちているにも関わらず、彼らはすごく丁寧に演奏しているなと思いました。ヴォーカルも、声に透明感があるし、言葉もはっきりしているから、叫ぶように唄っていてもあまりうるさくないんです。


曲も、彼ら独特の重めのリズムを刻むものから、朝の情報番組のテーマに使えそうな爽やかで軽快な曲まで、バリエーションが拡がってることを知りました(最近のアルバム聴いてなかったから)


弟は、去年の11月に父親になりました。しょっちゅう実家に送られてくる赤ちゃんの写真から、彼の親バカぶりが伺えます。家族を持って、音楽もカタギの仕事も一層頑張れるようになったのかな、わが弟ながら、いい顔になった、いい男になったなと思いました。


曲間のMCはオカンとの掛け合い漫才や皆からの野次(?)が飛び交う、地元ならではのライブ。


こんなにあったかい「故郷」の空気に包まれていたからこそ、彼等もあんなに楽しそうに幸せそうに輝いて、あんないい演奏ができたんだろうな。


ワタシにとっても、昨晩ほど会場とステージの一体感に包まれたライブははじめてでした。ライブの間じゅう、なんだか笑顔が止まりませんでした。本当に幸せな、めっちゃ気持ちイイ時間を過ごさせてもらえました。


弟を応援してくれる皆さんと、支えてくれてる奥さんと新しい命に、お礼を言いたいです。ありがとうね。


そして、大阪で頑張ってる弟1号、自分も大変なのにワタシのこと気遣ってくれて、ありがとうね。


弟2号、音楽続けてくれて、こんなに元気をくれて、ありがとうね。


お母さん、ワタシにこんなに素敵な兄弟をくれて、本当にありがとうね。

Rose

それは戦略に長けたあなたの巧妙な策のひとつだったのか


私の中の密かな願望を見透かす超能力だったのか


 


私を大輪の薔薇のように扱ってくれたことは


 


自分はもう萎びたアザミだと自虐的に笑っていた私を


 


真っ直ぐすぎるあなたの瞳が怖くて、


ちからいっぱいに棘を突き立てた。


それ以上、近づかないで。


私の奥に入ってこないで。


 


血だらけになりながら、


休戦や一時撤退を繰り返しながら、


それでもあなたは進攻を止めなかった。


私の棘を全身に受けながら、


あなたの瞳は変わらなかった。


そしてとうとう私をつかまえた。


誰にも芯を触られないよう


ずっと硬く身を守ってきた私を、


初めてあなたは抱きしめた。棘ごと。


 


そういえば、あなたはいつも、私を思うとあの歌を思い出すと言ってたよね。


「世界でひとつだけの花」


どんな花よりも僕を惹きつける、と。


まぁまぁ、さすがに口説き文句もお上手ですこと


私は鼻で笑いながら、それでも信じたかった。


真っ直ぐに受け止められなかったのは、傷つくのが怖かっただけ。


 


今は、素直に見つめかえせる。


 


春のたんぽぽになりたい。


夏のひまわりになりたい。


秋のコスモスに


冬の椿に


 


いつでもあなたのそばで、優しく咲いていたい。


 


そして時々は、また真っ赤な薔薇になって、あなたをちょっと困らせたい。


 


それも好きでしょ?


 


こうなったら、ドライフラワーになるまで面倒みてよね。


 


 

ラジコン

毎日の生活の中にブログに書いて残しておきたいことがいっぱいある。


なのに、なかなか更新ができない。


なぜだ・・・。


 


理由その1:言葉が組み立てられない。


言葉ワスレタ。


確実に、おバカさん度が進行しつつある。


例えば、子供から「これ何て読むの?」「○○ってどーゆー意味?」と毎日のように質問が来るのだが、以前なら大抵のことは説明してやれたので子供たちは私を辞書代わりに使っていた(いいかげんな辞書だ)。


ところが最近は尋ねられても「・・・なんて説明したらいいのかねぇ。困ったねぇ。Wikipediaに聞いてごらん」


と、急におばあちゃん口調で遠い目に。


時々、ダンナさんがPCで英語のページを開いて「おーい、これ読んで訳して」なんて呼ばれる。以前なら得意気に訳してみせたのに、最近は、「・・・うーん・・・これ、ドイツ語じゃないの?」


単語の意味が思い出せない。


得意のクイズ番組も、答えを考える気にもならない。


若年性認知症!?


 


理由その2:暇があったらすぐ寝てしまう。毎日猛烈に眠い。


PCに向かっても眠くなる。


お薬の量は段階的に増える。その度に体が慣れるまで昼も夜も眠くて仕方ない。なのに夜はやはり眠剤を飲んでも未明から何度も何度も目が覚める。


 


理由その3:感情の喪失


浮き沈みはあるものの、気持ちが落ち着いてる時間が多くなった。周りの全てに感謝の気持ちでいっぱい。


今の私はNo war、Love&Peaceである。


怒りも苦しみも悲しみも、心を重くする感情は独りのときにふいに発作的に現れるだけで、普段は以前とは別人のように穏やかだ。それはありがたい。


だけど、「感動」というものも消えてしまった。


ネガティブな感情とともに「すごく楽しい」「めっちゃ嬉しい」もなくなった。涙をほとんど流さなくなった。


今まで、おかしな電波ばかり拾ってしまう、感度が良過ぎるのか異常なのかとにかくちょっと変わった自分のアンテナに手を焼いていたけど、これほど鈍ると何も感じなくなって、逆につまんないというか寂しいというか・・・


ドクターによると「離人感」というのだそうだ。強いショックなどを受けると感情が麻痺するのだそうです。


自分の中からどわーと言葉が溢れるようなあの感じが、今はない。たまにあってもすぐに忘れてしまうのだ。


・・・なんかつまんない。


仕事や人と話しているときなんかの「幽体離脱」な感覚も、その離人症状のせいらしいです。でもそれはいつか元に戻るんだそうです。


でもどういうわけだか仕事はホントにうまく行くようになった。なんでこんなに緊張しないでちゃんと喋れるんだろう?って不思議でしかたない。


たぶん神様がコントローラーで私を操ってくれてるんだろな。 


そのコントローラーの電池がときどき切れて、ふいに死神に連れて行かれそうになるんだろな。 


 


そんなわけで、ここ最近のラジコンDulgeは穏やかなようで、でもなんとなく違和感のある毎日を送っています。


 


 

しあわせなおばかさん

あけましておめでとうございます。


 


昨年は、たくさんのおもいやりを頂戴し、助けていただきました。本当にありがとうございます。


皆様に幸せがたくさん訪れる素晴らしい一年になりますように。


私も、良い一年にしたいです。


本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


 


年が明けて、冬休みが終わって、PCが復活して、またここになにか言葉を発してみようかな、という状態にまで気力体力も復活してきた。めでたやめでたや。


というか、素面なのにこんな時間になってテンションが異様に揚がってきて困る。突如として躁状態に入ってしまったりするのが自分の「病気」のせいなんだっていうのが最近やっとわかった。だからあまり気にしすぎないでおこう。


今年の努力目標は、「三食きちんと食べる」「夜は早く寝る」。


太陽の光に喜び、雨や寒さに落ち込み、月の満ち欠けに子宮が動き、つくづく自分は地球人だと実感する今日この頃。いまどきこんなに贅沢な生活をさせてもらえてるオトナが日本に何人いることでしょう。それを思うと自分は幸せ者です。


いまは愛と幸せを充電させてもらってる時期。


たっぷり蓄えたら、今度は誰かに与えたい。


そんな日が必ず来ると信じられる、2008年の始まり。


合掌。


 

プロフィール

D-nuts

Author:D-nuts
不惑の年にして戸惑いまくりの女の日記です。

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