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これなあに?

きょう、仕事があった。


すごく、うまくいった。


ほぼノーミス?


ぜんぜん緊張しなかった。


ここ何日か、今朝も起きて家を出るまで、すごい動悸がして頭ぼんやりしてたのに。


いわゆる「MC出」、つまり舞台の表で喋るのが少なくほとんど「カゲアナ」だったからかなあ?


途中で、舞台袖のアナウンスブースからライトのいっぱい当たったステージを見ながらふと「なんで、こんな簡単な仕事を今までミスしてきたんだろう?」って不思議になった。


もっと不思議なのは、ニコニコ笑ったりキレイな声で喋っているのが自分じゃなくて他人のような気がしたこと。


ステージでパフォーマンスを披露する幼い子ども達の健気な姿を見たり、


プロのジャズメンの素晴らしい演奏を聴いたりすると、


今までは速攻で涙腺が反応していたのに、


「あー素晴らしいな」と思っても、そう不用意に涙は出ない。


帰り道も、行きとほとんど変わらないペースでサクサク歩けた。


M−1見ても、爆笑しない(今年はちょっとレベル低くなかったすか?)。


お酒も、飲みたいと思わない。


食欲もない。


独りの今夜が、寂しくない。


サクサク、すべきことをする。


私じゃない誰かが。


昨日まで憂鬱にのたうちまわってたのに。


ロボットみたい。


変な感じ。


うまくいったんだからそれでいいんだけどね。


でもなんか変な感じ。


 


 


 

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Music Station

こころからことばが出なくなって、だいぶ長い時間が経ったような気がする。


 


ことばも、音楽も受け容れることのできなかった時間


 


今夜はテレビを注視している。


吉田美和ちゃんが唄うから。


 


私の青春を彩ったあのひとが、最愛の人を失って、たったの1ヶ月で声を出すことができるのか。


そう言いながら、関ジャニってなんてカッコイイの!?なんてもうすっかりオバチャんぶりを発揮しているのだけど。


 


大きな存在を失くした我がDiva。


中途半端な歌唱力を持った私はあなたの歌声に似ていると言われたこともありましたが、そんなのは所詮、素人の偽者。あなたの域には到底、たどり着くことはできなかった。


 


最愛のひとを失くす


そのかなしみを、私などは到底思い知ることができないのかもしれない。


 


だけど、


まがりなりにもこうして30余年生きてきて、


想像だけはできる。


その痛み。


あなたはそれでも唄えるの?


真っ暗でしょうに。


冷たいでしょうに。


それでも唄うの?


 


凍りついた私の心にさえ、涙を沸かします。


 


がんばって、なんていえない。


 


ただ、


ここにこうして、


あなたのステージを見守る人が何万人といることだけ、


それを得たのはあなたのエネルギーであることだけ、


知っていてほしい。


 


 


 

Shampoo boy

いつもていねいに洗ってくれてありがとね


でも痒いところは皮膚の裏なの


頭蓋骨の側面にこびりついて


こすってもひっかいてもはがれない記憶


倍の料金払うから、


倍の力でマッサージして、毛穴から搾り出してくれないかしら

あじわう

いまわたしのなかにはなにもないけど、


時間だけはひとよりたくさんもらってる。


だから時間を使って毎日を味わう。


人の輪の中で耳が遠くなるのをあじわう。


他人の目を見て喋れないのを、手がぶるぶる震えるのをあじわう。


笑顔を造ろうとして頬の筋肉のこわばりをあじわう。


スーパーで心臓が破裂しそうになってトイレに駆け込んで吐く自分をあじわう。


毎日のように失敗する料理を、狂った舌であじわう。


冷や汗をかきながらおかしな夢をあじわう。


夜が明けるまで30分毎に時間をあじわう。


起きてるか寝てるかわからない感覚をあじわう。


胴体がからっぽの感覚をあじわう。


耳から目から入ってくる言葉を理解できないのをあじわう。


口から指先から言葉が出てこないのをあじわう。


泣きたくても涙が出ない感じをあじわう。


誰かに助けを求める声すら出ないのをあじわう。


「ほんとの終わり」をあじわう。


今まで「自分」だと思っていたのは全部紛い物だったのだろうか?という疑問をあじわう。


ほんの数時間だけ気を大きくさせてすぐに谷底に突き落とす安い安いアルコールを味わう。


「打ちひしがれる」をあじわう。


「真っ暗」をあじわう。


なんにもできない自分をあじわう。


 「これが絶望か?」をあじわう。


 


ベッドの中でこどもの体温をあじわう。


キッチンで毎日新しいことを覚えて帰ってくるこどもの「ただいま」をあじわう。つるつるのほっぺたをあじわう。


リビングで笑い声と泣き声の耳障りのちがいをあじわう。


ソファでダンナさんの横顔をあじわう。


ひとのことばの温度をあじわう。


お風呂で湯が皮膚に触れたときの「ビリビリ」をあじわう。


ベランダで太陽をあじわう。


 


甘いや辛いやにがいや酸っぱいや怖いや痛いや苦しいや寂しいや哀しいや悔しいや憎いや腹立たしいや恨めしいや情けないや恋しいや冷たいや温かいや嬉しいや優しいや愛しいを、


逸らすことなく全部、あじわう。


 


 


 

ブログのタイトルについて

本当はこのブログの最初にこの記事を書こうとしていたのに、ずっと言葉がまとめられなくて出せなかったのですが、


タイトルにお借りしている画像は、


「タイヨウニダカレテ」という作品で、


作者はこんな方です。


編集力の無さで作品の持つちからがちいっとも反映されず、快く貸してくださった作者様に申し訳ないです。


作者の方については、記事の内容とプロフィールから北海道在住の方らしい、あとははっきりとはわかりません。


そんな、行ったこともない遠いところに住む縁もゆかりもないひとのブログのファンになったのは、ちょうど去年の今頃、ワタシがブログを始めたばかりのときに、新着記事の欄に出ていたこの作品に釘付けになったからです。


「祈り」


どこか知らないとても寒い土地の空気と、それを暖めすべてを赦す教会の灯りのあたたかい色、添えられた短いことば。


その画像は、そのときのワタシのこころをぴたーっと吸い寄せました。


ワタシは写真にも絵画にもぜんぜん詳しくないのだけど観るのは大好きで、以前はちょくちょく美術館に出かけたりしてました。


専門的な知識はなくても、てゆうかもしかしたら何も知らないほうが、こういう「こころが吸い寄せられる感じ」を素直に味わえるのかもしれません。


タイトルに貸していただいた作品は、まず、色がとても好きです。この小さい蕾の生命力とそれを抱いている太陽の包容力をみていると、「希望」ということばが浮かんできます。


この画像をタイトルにすると、あまりドロドロ煮詰めた灰汁みたいなことばを吐いてはいけないな、と(笑)。辛い状況を吐露しても、それが少しでも希望につながってると感じられる、そういうことばを発したいなと思うようになりました。


画像を貸してくださったm&iさんに、厚くお礼申し上げます。


つねづね思いますが、いろいろな弊害はあるものの、それまで知り合う術もなかった人の世界に触れて感動したり自分の声もまた拾ってもらえたりしてこころが通い合う、インターネットって、すごい発明だなぁ。


 


ちなみにタイトルの「Verdad」はスペイン語で「真実」。


タイトルをつけてから、「嘘吐きの悪魔が真実を探してる」っていうのも面白いな、っていうのと、偶然、前のブログのタイトルと韻が揃ってる(Verdad(ヴェルダー)とSoledad(ソレダー))っていうのに気づきました。


というわけで、ブログ見てくださるみなさま、これからもよろしくお願いします。

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Author:D-nuts
不惑の年にして戸惑いまくりの女の日記です。

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