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余韻 悼む人 2

「余韻 悼む人(1)」は→こちら

今夜は無理矢理早く帰ったので、

おでんを作って家族で食べて、

少し元気になったので

舞台の感想の続きを書きたいと思います。





舞台を観ていて気付きました。



そういやワタシも、

「悼む人」

です。



葬儀会館で、

見ず知らずの遺族に話を聞き、

生きているうちに出会ったことのない人の人生を、

5分のナレーションの文章にまとめて語ります。



どんな病に苦しめられて最期を迎えたか、

身内の誰と揉めたか、

ましてや誰に恨まれたかなんて、


語ることはありません。


ただただ、

その足跡を讃え、

命を全うした故人に敬意を表し、


残され見送る人々の心の痛みがが癒されるように


それだけのために、


ワタシ達は語ります。



物理的に解釈すれば、

死んだ人間に人格も尊厳もクソもないかもしれません。

ただの朽ちゆくタンパク質の塊かもしれません。


そこに尊厳だのなんだのをこじつけるのは、

人間のエゴかもしれません。




それは死にゆく人の為でなく、

この先を生きる人のため


忘れたくないと願うのも、


あと何年か肉体を持って生きていかなければならない人間の心を安定させるため



次に命を繋ぐ

その本能に憑き動かされて営む行為にさえ、

愛だ精神だ神だと

理屈をつけなければならない

人間という愚かなる高等生物




それすらうまくやっていけず、

己の生きる価値を見出せず、

生きる意味を見失い、

死に直面し、

死の誘惑にさらされる



それでも、

死ぬまでは生きていかなければならない


人間という動物の性のため



全ては、


生きねばならない人間が


生き抜いて行く為の理由づけ




己の生きる意味がわからない

価値が見出せない


それはワタシの、物心ついて以来の大きな課題でした。


ワタシのような人間に生きる価値はあるのか?


ずっとそれをどこかに問いながら、

誰彼なしに申し訳なく、

それでもなんとなくそれなりに人生を送ってきました。




良い子でなければ、


優秀でなければ、


痩せていなければ、


美しくなければ、


ワタシの存在を認めてくれる人なんていない



そう思い続けて生きるのはとてもしんどかった



どんな容貌でも、


どんなに能力が低くても、


生きていることには価値がある。



逆に言えば、

やっぱり死ぬのが負け。



それが腑に落ちたのは、つい最近でした。


そう思えたのは、


自分がこの世に産んだ命の大切さを考えたときかもしれないし、



女の身体の奥へ奥へと入りたがる男の人をみて、

子宮が人間の故郷なんだな


男は自分の中に帰る場所がないんだな

そう感じて慈しみが溢れたときかもしれない




話がだいぶん逸れたけど、


この芝居は、


そういう、


この世に産み落とされ悩み苦しむ自分の命と、


同じように悩み苦しみながら生きていくであろう、ワタシの産み落とした命への責任、


命への執着


愛と執着との違い


そんなことを、


たくさんたくさん、考えさせてくれる作品でした。


向井理君は、


おそらく生まれ持っての彼の品位で、

しつこくなくくどくなく、


でも時に激しく熱く、


いまの世の中に必要な魂の在り方


を教えてくれたように思うし、


小西真奈美ちゃんのエキセントリックなキャラクターには、

嫌になるくらい共感させられた


手塚とおるという人は、

昔からワタシが観てきた「上手い役者」そのもので安心して見られたし、


伊藤蘭さんがこんなに素晴らしい舞台女優さんだということを改めて知った


妹役のなんとかちゃんはハロプロ?モーニング娘。?らしいけど、

彼女も他の俳優陣に全然ひけを取らなかった。


なんだかよくわからないラストシーンは、

よくわからないなりに胸に迫るものがあり、

向井理君の涙を流しながらのモノローグには、

ワタシも涙を禁じ得ませんでした。

終わったときには、

言い表し難いあったかい気持ちが、胸一杯にひろがっていました。




良い作品を作っても、

それが世に触れなければ、

だれかに思いが伝わらなければ、

作り手としては寂しいのではないかと思うし、


世に広めるためには、


無名の実力派より、


今をときめく人気イケメン俳優のほうが手っ取り早い。


だいたい、

今をときめく人気俳優には、

人の何倍ものカリスマと、

何倍もの努力がベースとして有るんだから。


もしワタシが本を書いたら、

主役は向井理君に演じて欲しい(#^.^#)





それがまとめかい!
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余韻 悼む人

ふう


事務仕事を済ませて、

もう一件、契約もらえそうなお客さんのところに出かけたけど留守で、

ちょっとホッとして、

そしたら熱も上がってきたみたいで、

上司に、すごくしんどそうだからもう帰りなさいと言われて素直に帰ってます。



あーあ、

弱っちいなあ、自分( ;´Д`)


とりあえず毎日働ける身体を作ることが、社会人としての最低条件だよなぁ(T_T)


健康な身体づくりに努めます( ̄^ ̄)ゞ




では、

あらためて、


舞台「悼む人」の感想を。



他の方がどんな感想をのべておられるのか、

昨夜ちょろっと検索してみたら、



Yes!

Exactly!!

と頷き過ぎて首がおかしくなるくらいに的確な感想を書いておられるブログがありました。

許可を取っていないので勝手にリンクできないのですが、

そのままコピペさせていただきたいくらいです。



ワタシには的確に表現する力が無いのが歯がゆいですが、

それなりに自分の感想を残しておきたいと思います。




どーゆー作品だったかというと、


ご存知の方も多いかと思いますが、

原作は天童荒太氏の直木賞受賞作で、

演出は映画監督の堤幸彦氏が手がけています。


原作、読んでから観に行くべきだったと後悔しています。


いろんな意味で重く難しいお話でした。



向井理演じる主人公の青年「静人」は、

事件や事故で亡くなった人の死に場所を訪ね、

そこで彼独特の儀式をもって、

死者を「悼む」

という行為を行う旅を続けています。



とある事件の現場で、

静人はやさぐれた三流週刊誌のルポライター(手塚とおる)と出会い、

ライターは静人の奇妙な仕事??に興味を抱き、

彼の素性を調べ始めます。



また別の現場で静人は、

夫を殺し服役を終えた女・倖世(小西真奈美)と出会い、

女は青年の「悼みの旅」に付いてまわるようになります。


静人の母親(伊藤蘭)は末期がんで自宅でのホスピス療養中、


妹は、婚約者との間に子どもを授かっていながら、

全国を放浪し度々不審者扱いを受ける兄の存在を婚約者の両親に追及され破談。



舞台は、

青年と夫殺しの女との「悼みの旅」と、

彼の母親と妹の暮らす実家、

その両方を行き来(?)するルポライターの日常、

の3場面が交錯しながら進みます。



セットは非常に簡素で、

ホリゾント(舞台後ろの幕)は現場の風景写真や無数の死亡事件記事を次々と映し出すためのスクリーンとして使われていました。


そっかー、

いまどきは、こうやって映像を使えばセットなんて要らないんだなー

舞台美術の職人さん達は商売あがったりだなー

なんてふと裏方のことを考えたりしました。



観客の95%は女性で、


みんな、オペラグラスを持参していました。

ワタシは不覚にも持たずに出かけてしまいましたが、

一緒に行った姉さんがときどき貸してくれました。



オープニングは、

チェロ?が主旋律を謳う重厚なテーマ曲とともに、

ホリゾントにいくつもの死亡事故・事件の記事が浮かび上がり、

その中央に、


グレーのくたびれたトレーナーに膝の破れたチノパン姿の向井理が現れました。


いきなり、ミーハーおばちゃん魂に火が点き、

胸がドキドキしてきました。


コンサートならこういうとき、

ギャーッ

と歓声が上がるのですが、


そこは重いテーマのお芝居、

観客は歓声をぐっと呑み込み、その代わりに一斉にオペラグラスを覗き込み、

だけど耐え切れず軽いどよめきやため息が起こりました。


向井理演じる主人公の青年は明るく元気なキャラクターではなく、

暗い舞台の上で終始俯き気味なので、

オペラグラスをもってしても、なかなかはっきりそのご尊顔を拝むことはできません。


皆、目の周りに跡が付くほどオペラグラスを顔に食い込ませ、身を乗り出して舞台を注視していました。


ワタシの席は半分より後方で、

肉眼で向井君の顔ははっきりとわからない場所に居たのですが、


やっぱり、

遠目でも、

イイ男はイイ男なんですね~


背が高くて顔が小さくて、

立ち姿も、悼みの儀式のときに大きく回す腕も指も、

全体のフォルムが美しい。


そして彼の魅力のひとつに

声の良さ

というのがあります。

想像に違わず、

舞台でもよく通る、色気のある声でした。

ノッポフェチ、指フェチ、声フェチのワタシにはもうたまりませんでした( ;´Д`)


だけど、

向井理君ばかりに気を取られていては、ストーリーについていけません。


ストーリーテラー的な役割を担うルポライターにしろ、


愛する夫に自らを殺せと迫られ包丁を突き刺した女・倖世にしろ、


台詞がめっちゃ長くて多い!

そして早口!!


原作の小説を読んでいるように、

細かな状況描写も台詞になっているので、


ちゃんと聞いておかなければ話が理解できません。

てか、

聞いていてもあんまり理解できませんでしたが。


それと、


有名芸能人の舞台をほとんど観たことがなかったワタシが驚いたのは、


ファンサービス?

客席の花道を、舞台として使うんですね


場面転換の後、向井君や小西真奈美ちゃんや伊藤蘭さんが突然花道に現れて、自分の真横で演技してくれる場面がちょこちょこあるんです!


残念ながらワタシのそばは通ってくれなかったけど、


半分より前の席の人は、自分の真横で向井君が悼んでくれたりしたんです。


ホントに昇天しちゃいそうですよ



他には、


寝袋から出てきた向井君が上半身裸!

というシーンがあって、

けっこうセクシーなシーンで、


そのときも、

観客は一斉にオペラグラスを目に押し付けてました


もちろんワタシも。


小西真奈美ちゃんが向井君の胸をまさぐったりしてました。


鼻血出そうでした。


十三ミュージック(大阪のストリップ劇場の老舗)の観客ってこんな気持ちなんかなーと思いました。



とかいう、

己の煩悩を満たす視覚情報にばかり気を取られていては、

ストーリーについていけません(笑)


ので、

ちゃんとお話も観ました。




いつしか

「悼む人」

と呼ばれるようになったその青年は、


全国を回り、死者についていろいろと調べます。

でもそれは、

「誰に殺されたか」

「何故、殺されたか、あるいは死ぬことになったか」

を知りたいからではありません。




死者は生前、


誰を愛し、


誰に愛され、


誰に感謝されたか





その人と愛で繋がった人々の想いを感じ、

その命を尊び、その死を悼むのです。



そこに居合わせた三流週刊誌のルポライターは、

人間の持つ死への畏れと好奇心、

そして主に中年男性読者の下半身にダイレクトに訴える記事を書くことを至上命題としている「煩悩の塊」、



両者が合い入れる部分はありません。




次に出会う「女」は、

愛されることを知らず男に暴力を受け続けながら生き、

やっと出会った愛すべき男に、

「お前の思いは単なる己への執着にすぎない。

僕に愛されたいなら僕を殺せ。」


と迫られ、夫に刃を突き刺す。




死んで行った人々は、

恨みや辛みや痛みだけを背負い世の中を呪っていたかもしれないのに、


赤の他人が、

誰に愛され感謝されたかなどときれいごとだけを見て弔おうなどと、

そんな行為は自己欺瞞以外のなにものでもない!


と、怒りをぶつけるわけです。



ね、


重い話でしょう?


もう、続き書くのイヤになってきちゃった( ;´Д`)

つづきは→こちら

悼む人








画像のブレはワタシの感動の表れだと思っていただければ(^◇^;)

天童荒太原作、向井理主演の

「悼む人」

大阪公園千秋楽、

観に行ってまいりました。



感想を書きたいんだけど、

書き出すと恐らく朝までかかるので、

後にします。





無理矢理一言で言うならば、


夢のような3時間でした



感想はこちらから

100日


金曜日。
朝4時過ぎに目が覚めたので久々にジョギング。
いつもの河原のランニングコース、3月頃は70分で11km(中途半端な数字やなあそれ)を走っていたのが、金曜は60分6kmでギブアップ(泣)
走る前のストレッチの段階からもう、体の硬さ重さを感じていたので前のようには走れないだろうとは思っていたけど、これほど体力が落ちていたとは…
全身汗びっしょりになって帰宅し、家族を送り出して、爆睡。
その日予定していた用事はすべてキャンセルしてしまいました。
昼ごろ、お仕事の電話が2件。一本は先日の超美声社長から9月にブライダル司会のオファー。苦手だけど今のところワタシが世の中でギャラを頂戴できる活動はこれしかない。ので有り難くお受けした。
もう一本は再来週のイベントの打ち合わせ。クライアントさまが優しくて「すべてDulgeさんにお任せしますので」との言葉に半分勇気づけられ半分プレッシャーで胸苦しくもあり。
次の日は朝から筋肉痛で辛かったが午後から診察に。「2、3日前から急に元気になりました!お酒も過食もないです!」と言うと「急に元気!?…それもまたちょっとコワイけど(笑)くれぐれも無茶したらだめだよ!」とドクターに苦笑される。

その夜はワタシの父の一週間送れのお誕生会を。
うちの家族の誕生日は6月後半から7月初旬に集中してます。おめでとうの応酬期間です。
ワタシは診察の帰りにケーキを買った。
オカンのマブダチのアイちゃん(31歳)も飛び入り参加で楽しく過ごしました。

やっと、3月のミュージカルの写真とDVDをもらいに行った。ワタシの代わりに娘が行ってくれたんだけど、写真もDVDもなんだか見るのが恥ずかしぃ(汗)
連日の疲れか昨日は一日起き上がることができず、父母に子供をまかせて寝てしまい、夜になって娘と照れながら自分達の舞台のDVDをみはじめた。
オープニング(オーバーチュア)は舞台袖にいたのでステージのスクリーンが見えてなかったんだけど、CGと写真とライティングがオープニングの演奏にぴったりハマってて、躍動感溢れるカッコイイオープニングになってた!
自分達が登場しはじめると最初は恥ずかしかったけどいつの間にか真剣にダメ出ししながら見入ってしまった(笑)
ワタシはやはりその日声が潰れてしまいところどころ聞き取りにくいところがあったのと、メイクで眉を描きすぎてた(汗)
始まってすぐに旦那さんがテレビを見たいと言ったのでDVD鑑賞は一旦停止。
でもあのときのいろんな感情が蘇ってきてまた胸が熱くなった。

あれから100日あまり。
そのほとんどを家のベッドの夢の中で過ごした、そしてそのわりにはたくさんの人と出会い関わったような気がする。

うーん実は今日も朝5時に起きたもののぼんやりしていて眠ったり目覚めたり、今もって半分起きてるけどメインコンピュータはスリープ状態。
この記事も金曜から書きかけてまだ仕上がらない(泣)
ホントは、おかしな文章キライだけど、出しチマエ〜( ̄▽ ̄;)

やさぐれちまうよ・・・

弟のブログの昨日のタイトル、そのままパクってやりました。

なぜって・・・

2時間以上かけて魂からほとばしる言葉を熱くアツク綴った、そしてようやく〆の言葉に差し掛かっていた大作「ミュージカル回想録」が、なぜかいま、一瞬にして消えてしまったのです・・・

もう、寝ましょ・・・

今日は、ミュージカルの写真&DVDの申し込みにいってきたんです。
ホールの受付のお姉さんも親しげに声をかけてくれて、まるで母校に帰ったように懐かしかったです。
写真屋さんにはちょうど何人かの小学生キャスト達も来ていて、
ワタシは彼女たちの顔を見て泣きそうなくらい嬉しくなって、最年少のミキコちゃんの頭、ガシガシ撫でちゃいました。
分厚いアルバム10冊にも及ぶ、ゲネプロの写真。
台詞や歌を思い出しながらみんなの真剣な表情を切り取った写真を見ていると、涙が溢れてきて困りました。 
最近ちょっとまた落ちてきているせいもあるのかもしれません。

終わって3週間が経った今も、ミュージカルのことを思い返さない日はなく、しょっちゅうミュージカルの夢を見ては寝言言ってるそうです、ワタシ。
キャスト68人と先生達とスタッフさん達ひとりひとりについてブログの記事が書けるくらい、ワタシはみんなのことが大好きになりました。
あのメンバーで、あの作品を作れたこと、ワタシの大きな大きな財産です。

あと半年くらいはしつこくミュージカルをネタにしてしまいそうです。


プロフィール

D-nuts

Author:D-nuts
不惑の年にして戸惑いまくりの女の日記です。

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